如何に問いかけ、如何に沈思すべきか(2011年3月19日草稿再掲)

■政府への失望

今回の震災において、菅率いる民主党政府への失望は非常に広汎に浸透しているように感じる。
確かに初動は(原発を除き)阪神大震災の時よりも随分と相対的には動きがあった、対応したように思える。
しかし、原発被害の深刻さが浮き彫りになるつれ、他の全てが後手に回り、泥縄的対策に終始し始めている。
充分に失望するに値する動きではあるし、いくつかの非難を免れ得ない判断をしているようにも思える。
しかし、一つ考えなければならないのは、この政治の混迷、政府の弱体化は何も民主党政権が持つ特質ではない、ということである。
残念ながら、中曽根内閣を最後に、小泉内閣の例外を除き、自民党が政権与党であってすら内閣は1~2年で交代している。それだけ基
盤も弱く国民支持も無く、中曽根内閣の最後が1987年末であったことを考えれば、失われた20年と言うのは他ならぬ政府劣化の20年であったと言うことができる。
民主党の母体(中枢部)が社会党と自民党分裂組のキメラであるという歴然とした事実から導かれるのは、単純に「政権交代」と呼ばれるものが、55年体制の派閥政治を拡大再生産しただけの物でしかなかった、という当たり前の事実でもある。
55年体制が冷戦期の産物であったとするならば、少なくとも1989年にはその変革が求められていたはずであったものが、今に至るまで延々と延命措置をしてきただけに過ぎないのである。その予兆を汲み取るのであれば、中曽根政権以降の政府は悉くそれができなかったのであり、その破滅的なまでに形骸化した政治抗争を続けてきただけであるとさえ言える。

従って、少なくとも現在の民主党政府への失望の眼差しは、そのまま過去20年間の政府への眼差しそのものでもあるはずで、たまたま危機が生じなかっただけでもある。途中に転機があるとすれば阪神大震災時の村山内閣の歴然たる機能不全であったはずであるが、結局はその構造と同じものを民主党の中に残しただけである。
今回の震災において政府への不信、政治への不審を抱くのはもっともではあるが、それを変えるならば、そもそも清算しようとしなかった冷戦期の政治構造そのものの変革でなければならず、そうでなければ決定的変化は生じないであろう。何事も無かったかのように政権は瓦解し、野合の中で次の首相が生まれ、また詰まらない理由で失脚し、次の政権が生まれる。このポリティカルサイクルが短くなるだけのことでしかない。

しかし、55年体制とは何であったのか。
冷戦期の申し子ではあったろう。それだけだろうか。
冷戦が「戦中」から始まっていたのであり、その確執が枢軸・自由民主主義連合(これは語弊があるが)という仮初の器の中で、既に連合側に胚胎されたものであり、この連合内の対立の胚胎はロシア革命に起因する(すなわち第一次大戦にまで遡る)根深いものであったはずだ。
そして第一次世界大戦がそもそも「植民地分割競争の終焉」という「遅れてきた帝国主義」たる日本を迷走させるだけのインパクトを持つ事象であったとするならば、55年体制の総括そのものは国際社会の中で日本をどう位置づけるべきか、という問いかけとともに、恐らくは江戸末期の対外関係構築がどうあるべきか、という本質的問いかけそのものへと遡らねばならないのかもしれない。
その間に様々な戦争を主体的に行い、あるいは参加し、あるいは黙認し、あるいは無視しながら、そのどれ一つとしてまともに総括してこなかったという日本の政治の有り様そのものが、今の政治の混迷へと至っているのではないか、と思いさえする。

戦前を含めても日本の内閣というのは基本的に短命であり、弱体であり、長期政権と呼ぶことが相対的には可能であろうと判断できる基準を3年以上としても、中曽根内閣以前には伊藤内閣、桂内閣、東條内閣、吉田内閣、池田内閣、佐藤内閣くらいのもので、政府は弱体なのである。戦前の政府が強力な印象を受けるかもしれないが、内閣自身は短命なのである。
東條内閣以前は例外としても、基本的には「よりマシ」を求めて首を挿げ替え続けてきた結果が現在であることに特段疑問を持つことはできない。
そしてそれが「よりマシ」であったかどうか、については個々に見ていくしかないであろうが、必ずしも「よりマシ」であったかどうか。
近代から現代へ至る国家建設の過程で、順次参政権を拡大してきたという流れはあったとしても、国民的コンセンサスが一体何を求めてきたのか。そのことについて真剣に考える必要もあるだろう。
安逸に流されなかっただろうか。表層に踊らされなかっただろうか。それは小泉内閣でも政権交代でも良い。
敗戦の際、それまでの近代国家建設をしっかりと見据えることなく、安易に「全てが悪かった」としなかっただろうか。またその逆に、「全ては正しかった」としなかっただろうか。
冷戦が終わった際、「このままでよいだろうか」と疑問を持っただろうか。それとも考えもせず「このままでいける」と肯定しなかっただろうか。
戦前から現代に至るまで一貫して底流を流れるのは西欧への憧憬であり、それは時に物質的豊かさであり、時に文明的利便であり、時に文化的思想であり、そしてそれを駆け足で、そう、戦前も駆け足で、そして戦後も駆け足で駆け抜けてこなかっただろうか。その全てが表層的で本質を捉えてこなかったのではないだろうか。その終着点を越えてなお気付かず、最早その先に目的地などないことを気付かずに走ってはこなかっただろうか。
政治が残念であること、政府が残念であることは至って自明的現象として眼前に広がっている。中身がなく、主体性もなく、積極性もなく、寂寥とした空疎だけが広がり、その中でパーティー騒ぎに興じるのが、果たして鏡ではないと言えるだろうか。
各々が抱えるニヒリズムやシニシズムが、果たして自己へ向けられていないと言えるだろうか。
そう考える際、自分には東浩紀氏の考察はいささか軽妙に過ぎるのではないか、と感じるのである。

■公共圏の低落

しかしながら、残念な政府、というこの状況は半ば想定内でさえあったろう。自分はいささか「意外さ」を感じるほど、「酷すぎなかった」とさえも感じている。
一方で、マスメディアの惨状たるや惨憺たるものである。 基本的知識の欠落や誤報や捏造(意図しているかどうかは分からないが)、あらゆる事象を政権批判へと落とし込もうとするメディアやいかにセンセーショナルな記事を構築するかに余念が無い編集など、一言で言えばまったくの弊害でしかない状況でもある。特にテレビメディアは考察の余地さえ無い状況であり、一番政府の掣肘を受け易いNHKが最も信頼される(相対的に、ではあるが)という、同情の余地もない酷い有り様である(そのNHKでさえ少なからず問題がある報道内容となっている)。
唯一救いがあるとすれば「いかに記者が馬鹿な質問に基づいて記事を書いているか」ということが、他の事象に比して会見中継が多かったことで「より多く」の人に周知された、ということではあろう(ただしこのことの意味にマスメディアが気付いているかは不明だが)。
一方で、平時にはこのマスメディアへの対抗であるかのように語られていたWebに関しては、これもまた誤報と捏造の濁流となり、一部の私個人の努力によりいくつかのデマなどは指摘されているものの、それはまったくの献身と犠牲の上に成り立っているのであり、拡散のスピードからすればマスメディアよりも酷い場合さえあるように感じられる。特に震災という事象が救援や支援など多くの情報を被災地が
Webに頼らざるを得ない状況下において、場合によっては必要な情報の埋没を生み、本来期待されていたはずの公共圏としての役割は到底Diskurとは程遠い状況となっている。
また、日本の情報が信頼できないと海外の情報を無条件に信頼して垂れ流すような状況も見られ、多くの場合肝心な「情報源が信用するに値するのか」は置き去りである。
加えて、今回の震災において、日頃「識者」としてメディアや出版界隈で重宝されている(そして今も重宝されている)方々のいかに「有害」であることかも露呈されることとなった。

「最大の関心事は法律の条文に違反しないことです。事実の歪曲や偏向に対する道徳的責任はありません。ジャーナリストは読者や歴史に対してどんな責任を負っていることでしょうか。彼らが不正確な情報やまちがった結論で世論や政府の判断を誤らせた場合、当のジャーナリストや新聞がそのような過ちを認め訂正したケースを私たちは知っているでしょうか。そんなことは起こりません。販売に悪影響を及ぼすからです。そのような過ちの犠牲になるのは国民かもしれませんが、ジャーナリストはいつも逃げおおせます。新たな自信を得て、次は正反対のことを書き始めると予想してもまちがいではないでしょう。」(ソルジェニーツィン/1978年ハーバード大演説/訳出「世界を動かした21の演説」英治出版)

この言葉は随分前に述べられた言葉だが、果たして現状はいかにこの言葉そのままの有り様であると感じるのは決して自分だけではないだろう。
そして、このジャーナリストや新聞のところに、個々のWeb上のアカウントを当てはめても、記者クラブ外のジャーナリストを当てはめても、所謂識者と呼ばれる人も当てはめても、悉く該当することを知ることになるだろう。
熱し易く醒め易いという(語弊を承知で使うならば)国民性とも言うべき習い性を自ら改善すること無しに、そしてまさに日本国憲法が宣言するところの「第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」という文言さながらに、不断の努力を重ねることなくして、この悪弊は決して無くなることはないだろう。
「知る権利」をフィルタリングにより阻害するのが「マスメディア」であり「識者」であり「個々の発信者」であるならば、その権利を阻害する壁そのものを万里の長城の如く営々と築いてきたのは、この「不断の努力」の欠如そのものに他ならないだろう。そして、これは自分も含めて、ではあるのだが、それらの壁をいくら過去に批判していたとしても、それは一切の免罪にはならない、ということは忘れてはならないだろう。現実的変革をもたらさない何等の言説をも、それは個々の「不断の努力」という文字通りの意味ではそうなのだが、逆説的に言うならばそれが「個々」の範囲を超えない、という意味で、「言葉のもつ力」を行使することができていない、という意味で「結果の無い言葉」でしか無い。 特にWeb上の言説が実際の大多数の行動という点で誤差に均しい影響しかない現状を考えれば、これは本Blogを読む全ての人に対しての、自らを含めての糾弾である。

■ナショナリズムの行方

今回の震災を通じて海外の一部報道で「日本は暴動も略奪もない」と言う言説が出、それをもって「日本は素晴らしい」と言う内容を少なからず見ているが、そして、原発への最前線の従事者を見て「日本の盾だ」と言う言説もまた少なからず見ているが、非常に危ういものを感じてざるを得ない。
一つは日本がそんなに素晴らしい「民度において追随を許さない国」であるならば、この政治とメディアの、恐らくは日本のエリートと称される人間が少なからず存在するであろう界隈のあまりの惨状に対しての説明が付かないことに対して何等の補記が無いことであり、一つは実際には生き残る上で、またこういった惨状故に生じる犯罪に対しての意識的隠蔽を生じかねないことであり、また一つは「犠牲的精神」とやらに「特攻隊」に通じる賛美を感じるからでもある。
相対的犯罪発生件数は少ないかもしれないが、それはあくまで相対的であり、被災者の中には略奪や強姦に怯える人間も確かにいるのである。それを流言蜚語の類と一笑に付すのは容易いが、未だ被害の全貌さえ見えぬ中で、そういった事態が生じていないと断言できるのは楽観に過ぎるし、誤ったナショナリズムを生起しよう。
助け合いや互助の精神というものがまったく無い、という極論を呈するつもりもないし、それが日本の「美徳」とされるものの一つの要素ではあろう。しかし、その「美徳」というものはあくまで「物語」としての傾向であって、それ以上でなく、それを外れる「犯罪」が生じていると考える方が自然であろう。人間である以上、集団として見た際には生じるべくして生じる犯罪は処断されるべきであろうし、それを隠匿し兼ねないような過度の「日本」という誇りは弊害でもあろう。
一方で、従来にないナショナリズムの萌芽を感じない訳ではない。
前エントリ(移転後掲載なし)でもリンクさせてもらったが、有志による地震発生時緊急マニュアルのような、「日本という領域に住む人々」に対する「日本という領域」に対するナショナリズムに対しては賞賛もしたい。これは「民族国家」としてのナショナリズムではなく「国民国家」としてのナショナリズムの萌芽であるとも言いたいところである。
一方で、相変わらず「外国人犯罪」のような震災に関連付けた排外主義が散見されることは憂慮せざるを得ない。
図らずも「帝国」として存在したことを、一部たりといえど肯定するのであれば「多民族国家」としての「帝国」を肯定すべきであるし、排外主
義の先端がこれを肯定するのは滑稽でさえある。
Webによる個々のクラスターに対する分断と断絶を肯定的に捉えるのであれば、猶の事「国民」という総体は「民族」というクラスターに囚われるべきではないだろう。
もし健全なナショナリズムというものがあるとするならば、過去の帝国領域たる大和民族(=日本民族)、琉球民族(ただしこれは文化的分化によりより細分化した区分が有り得る)、アイヌ民族、朝鮮民族、加えて旧満州諸民族や日本がその傀儡と為したる蒙古族、中華民族に加えて、永住ないし帰化した諸民族を「同胞」として対等に遇し得るナショナリズムであろう。
上述ではないが、戦後の「日本国」が正統な「大日本帝国の後継国家」であるならば、それを為さぬナショナリズムなど論外である。

■政策と国策

今回の震災において、間違いなく最大の被害をもたらしたのは津波であり(これは原発の緊急回路停止の直接要因を含めて)、加えて国策そのものでもある。
電力需要をどう捉えるか、そもそも電力がそこまで必要なのか、また原発でよかったのか、原発に変わる調整可能電力源としての火力・水力をどう考えるのか、過疎地、特に孤立集落へどう対応すべきなのか、被災時の対応策に「自治体そのものが消滅した場合どうするのか」がしっかりと理解されていたか、停電に伴う労務補償をどうすべきか、被災地避難の有り様は現状で問題が無いのか、今回の震災で問いかけられたものは極めて多い。
そのいくつかには自分の中に一定の解答はあるが、一方でいくつかの課題については未だ解答を持ち合わせていない。 恐らくは多くの人がそうであろう、と想像する。
さらに、各国の丁重且つ代え難い支援の中でも、最も大規模且つ感謝をいくら示しても足りない米国の支援に対してどう考えるべきなのか。少なくとも日米同盟及び駐留米軍無くしてこれほど迅速且つ大規模な支援は無かったであろうことを考えれば、これは極めて深刻な、特に左派ならびに反米右派にとって深刻な問いとなろう。これを逃避すべきではないだろうし、それをすれば結局は「残念な政治」を持続させてきた精神そのものの温存でしかないだろう。

さらに、今言うべき言説ではないことを重々承知で言うならば、原発の建設ならびに電力需要の補完が国策として推進されてきた上、原発立地自治体には少なくない補助金が投下されてきたのである。
確かに東電や政府の過去の言説や対応に必ずしも誠意があったとは言えない。が、スリーマイルやチェルノブイリに代表されるように、原発は惨禍が生じた際にいかなることになるか、その傍証にはいくつかの前例が存在する。
確かに首都圏がその電力に対するリスクを地方へと転移したこともある。それに対して弁明も釈明もすべきではないだろう。一方で、それに伴って少なくない補償を投下してきたことは絶対に失念すべきではない。
これは在日米軍基地にも通じる共通の構造である。確かに「札束」をもってそれの受け入れを認めさせてきたことは事実であろう。そして、その事実は裏を返せば「札束」がいかに「立地自治体」にとって魅力であったか(これは雇用を含む)を示すものでもある。
これは立地側にも需要側にも極めて深刻且つ冷徹で、何より醜悪な現実を突きつけることになろう。加えて東電という(そして地域電力会社というその他の全ての電力会社という)存在そのものへの深刻な疑問もまた呈されるであろう。そしてその傍証として、アメリカにおける電力会社の破綻に伴う各種の混乱をも視野に入れるべき事例でもあろう。
課された課題は間違いなく「国家規模」であり「国策レベル」であることは疑いようもない。自分が安易な「アウトソース」という言動に抵抗を感じ、一方で「原発」と言う有り様そのものに対して疑問を持つ極めて矛盾した人間であるからこそ、この解答は容易に見つかりそうも無い。

■英雄待望の過ち

原発周辺での現場作業員に対して、一部に極端な英雄視をする傾向があることを極めて憂慮している。
まず彼らを英雄視することで、本来彼らが負うべき責務以上の期待を意識しなくとも負わせることとなり、加えて彼ら一人一人が持つ苦悩を覆い隠してしまうからだ。
さらに、そのような英雄を作らざるを得なかった事態を生起した要因の解明を鈍らせることにもなる上、そこに一種のカタルシスを感じる空気を懸念するからでもある。
英雄待望論は往々にして個々の政治的判断の過ちを放擲するものであり、また、民主主義の精神とは相容れないものであり(逆に海外の報道において英雄視されるのはナショナリズムの発露としてであり、加えて「自国の被害が少ないと分かっている」からでもあるし、増して自国民でもないからでもある)、本来であれば払うはずが無かったかもしれない犠牲を「個々人の自己責任」という大義名分の下に「押しやる側」が正当化するからでもある。
自衛隊であれ消防隊であれ東電であれ東電の下請けであれ、現場の作業員には深い敬意を示し、また感謝してもし足りない行為を付託していることを、自分も一切否定もしないし、また自分が相対的安全区域にいることを考えても、その願望が他者への過剰な希望の債務であることは理解しているつもりではある。
そして、彼らがいかなる作業をし、いかなる結果になったとしても、それを責めるのは卑怯でさえあり、いかなる賞賛をも惜しまないだろう。
ただし、それは「英雄」ではなく、子息・家族を含め、関係する全ての人間に対して「彼らは英雄ではなく人間であった。家族にも関係者にも、場合によっては生きて帰れないという現実を前に苦悩を抱え、後ろ髪を引かれる人間であった」という意味で。 そうしなかったら、一体何をどう考えるべきなのか。
可能であれば全員健康被害無く、増して死者でもなく、更には英雄としてではなく迎えることが、いかに望ましい収束であるか、について考えざるを得ない。

■終わりに

まとまりもない文章であることは百も二百も承知である。
というよりも、未だ心中まったく整理も付いていないし、日常を取り戻してもいないのである。
しかしながら、そろそろ最初の衝撃から立ち直らねばなるまい、とも感じるのである。それは、身内に一切の直接被災者がなく、全てが間接的且つ情報的影響でしか無いことを「理解しなければならない」からでもある。
いくつかの危うさといくつかの絶望と、そして契機としての僅かな変転の希望を抱いて、そしてそれが多くの場合望み得ない将来であることを承知の上で、それでもなお、多くの犠牲者に対する僅かなりの弔いと、生者としての責務において、本稿を書く。それが多分に自分に対する欺瞞的解消であることをも承知の上で、それでもなお、一人でも沈思と悔悟の上に未来を築く人の現れることを期待して。

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