【ネタ】2012年5月11日に「風の谷のナウシカ」を放送する意味

日本全国の原発が止まって1週間。
このタイミングで日テレが「風の谷のナウシカ」を放送することの意味合いは非常に大きい。
風の谷のナウシカにおける「腐海」のイメージは放射能汚染された森にイメージが重なるし、「腐海の毒」というのも、放射能による人体への影響を示唆するように思える。
ただし、これには大きなトリックが隠されているといわざるを得ない。
まず「風の谷」自身が腐海のほとりに生きることを選択する、という原発からの避難をする必要がないかのような表現であり、その象徴たるナウシカは、それをあたかも正義のように振りかざす。
また、「腐海の毒」の影響が出ているのは総じて老人であり、これは「ただちに人体に影響はない」という枝野の嘘を、あたかも嘘ではないかのようにイメージさせるものでもある。
森を焼き払うイメージは除染を想起させるが、それも巨神兵のような、徹底したものではなく、あくまでホットスポット的に汚染が目立つ一部を取り除けば良い、という風の谷の最初の行動は、現在のホットスポットだけに対応して糊塗すればよい、という政策にも重なる。
そして、最終的に手遅れとなって森を焼いた後も、再びそこに森を再生しようとし、そこに住み続けようとさえする。これもまた「避難する必要がない」という欺瞞を後押しするものである。
「腐海に飲み込まれた村」という存在が示唆されながらそれでもそこに住むことを選ぶ、ということそれ自体が「原発なくして生きられない。事故があったら諦めろ」という示唆に他ならない。

そもそも、日本では漫画・アニメというのは国策に利用され、国民を欺くために利用されてきた。
戦前はのらくろが戦争賛美に使われ、戦後は鉄腕アトムが原子力賛美に用いられ、ドラえもんは科学技術賛美の刷り込みを担ってきた。
ガンダムも核動力の全面利用を当然のように描いてきたし、SEEDのニュートロンジャマーキャンセラーに至っては核動力の活用こそ勝利の鍵であるかのようにも描いている。日本の右傾化に伴って00のように「正義のためなら武力介入を積極的に行う」というのも、9条改憲派の陰謀と言わざるを得ない。
漫画やアニメはそうやって常に報道されない特権階級と政治家の欲望を表現してきたのだ。
もちろんマスコミがそれらの欲望に沿うように動き、核の欲望を利用してきたのは、そこに膨大なマネーが存在するからだ。だから止めるわけにはいかないのだ。
だいたいナウシカを放送しているのは日テレである。
日テレと言えば当然読売なのであり、読売といえば当たり前に正力松太郎なのだ。
正力と原発の関係は言い尽くされていることであり、その読売がこのタイミングでナウシカを放送するのは自明であるとさえ言える。
彼等は原発マネーに群がり国民を搾取する特権・利権の権化であり、原子力ムラの象徴でもある読売が、原発停止に焦っていることは明らかだ。
だからこそ、全原発停止というこのタイミングでナウシカを放送するのだ。
原発と共に生きていける。むしろ生きていかなければならない。放射能は人体にただちに影響がない(ナウシカだってちょっと肺に入ったけど、ちょっとだけなら平気だったわけで)というメッセージで、それを正力=原発推進の読売=日テレが放送するのだから、これを疑わない方がおかしい。
騙されてはいけない。
ただ漫然と「いいアニメだ」とか「さすが宮崎駿」とか、そのように見ていてはいけない。
常にそれらは政府や特権・利権の都合の良いように使われているのである。

本稿は以下のツイートを元に書いた、全編ネタ記事です。
作品の解釈、製作年代、各種の関連性や企業方針等、一切事実かどうかは関係なく、また曲解とあからさまな誤認、そして論旨に都合の悪い部分の一切の無視を行ったうえで、ネタとして書いております。ご了承ください。

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