「日本政府と国民へのメッセージ」について一日本国民より

 我が国の首相はカイロにおいて、人道支援やインフラ整備に25億ドルの経済支援を表明しました。「非軍事的分野」での支援であり、そのうち2億ドルは他ならない「イスラム国」が生み出した難民に対して必要な支援であり、喫緊且つ重要な支援となりましょう。
 或は我が国の政策が、過去から今に至るまで全て正しかったことは無いかもしれません。あなた方が国を持ちたいと願い、或は実現したいと願う社会は、その動機において正しいものもあるかもしれません。しかし、テロルを否定するという一点において、その手段を放棄しない限り、我が国の歴史を振り返って我が国はそれの国家承認という選択をしないでしょう。曾てその横行で自らの国の政策を過ち、世界を相手に戦争するまでに至った狂気への道は、決して褒められたものではないでしょう。同時に、そのテロルが貧困や社会不満を背景とし、正義の実現を願って引き起こされたものであることも、それが独善に過ぎない動機であったことも、我が国の歴史に刻まれています。
 如何に規模を広げても、手段をエスカレートさせても、テロルによって政策を変更する要求は、拒否されるでしょう。如何なる主張であれ、その手段という一点においてのみ、徹頭徹尾否定されるべきです。今現在行われているそれも、過去に行われてきたそれも、そうであるという一点において、否定されるでしょう。
 人質は解放されるべきであり、解放すべきであり、解放することによってのみ、初めて対話の回路も拓けましょう。あなた方が居る場所が、国が不条理に塗れ、その不条理の一端に我が国の政策が関与していたとしても、その告発はテロルによることなく成されるべきであり、原則であり、如何なる正義に拠っても、テロルの横行は決して認めないでしょう。そして認めない政府を、支持するでしょう。
 その上で、その不条理の告発が正しいものであるなら、その調停に政府の政策を傾けることもまた、支持するでしょう。それはテロルを放棄し、紛争を停止し、それが履行されることによってのみ、支持されるものです。その履行は、あなた方を敵視する側にも等しく要請されるべきであり、それを要請するにはその手段を放棄することが大前提となるはずです。
 第二次大戦とその結果として、中東には多くの国が生まれ、それが多くの場合それ以前の都合により出来たものであり、それらの政府が時に自国民をも攻撃し、都合勝手で戦争を引き起こしてきたことも知っています。それらに様々な国や集団が様々な思惑で介入し関与してきたことでしょう。どのような政府であれ無謬ではない以上、その時代、その瞬間に取られた政策は、後日誤りだったとされることもあるでしょう。そうだとしても、人質を取り強迫し、それによって政治的主張どころか身代金という戦闘資金を得ようとする行為は、否定されます。その手段という一点に拠って、絶対に、絶対に、絶対に。
 我が国が「聖戦」という名の「十字軍」に参加することを、望みません。しかし、今やその「十字軍」はどちらが積極的に組織しているのでしょうか。我が国はアメリカでもイギリスでもフランスでも無く、エジプトでもリビアでもイラクでもヨルダンでもありません。必要であれば、曾て中東で戦争の嵐が吹き荒れていた際、アメリカがイスラエルを支持し、我が国が中東に寄ったように、或はそれが思惑と打算の産物であれ、異なる政策も取りましょう。そして、それは平和的手段により国民によって支持された政府により、実行されるでしょう。イスラエルにもパレスチナにも非があればそれとして対峙しましょう。しかし、それはテロルという手段によって果たされるべきものでは、決してないでしょう。我が国の政策は「対テロ戦争」という名の政策であるが故に支持されているわけではなく、「テロル」という手段を否定する故に支持されるものであって、その逆であることを望みません。
 我が国の憲法は、前文において「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と宣言しました。専制と隷従、圧迫と偏狭は、教義やイデオロギーによって正当化されるものではないでしょう。国民は、それが建前であれ綺麗事であれ、この宣言を崇高なものと確信し、永遠に達成されないものだとしても、それを希求し続ける限りにおいて、支持するでしょう。安易に捨てるようなことは、しないものと信じます。だからこそ、専制と隷従、圧迫と偏狭によって生み出される難民に対して、1億ドルでも2億ドルでも支出し、その支援政策を、それが非軍事的手段である限りにおいて支持するでしょう。同時にそれを支持するが故に、人質の無条件かつ速やかな解放以外の選択を、支持しないでしょう。我が国の政策に誤りがあるとしても、それは平和的手段によって修正されるべきであり、それ以外の手段による修正は、それが譬えどのような正義であれ動機であれ、支持しないでしょう。
 我が国の政策はテロルを認めず、それがテロルにより変更されることを求めません。如何なる愚劣な政策であれ政府であれ、そのような卑劣な手段によって果たされる変更を認めません。曾ての過ちがあれば、それは改められるべきでしょう。しかしそれは、今回のような手段によってではありません。過去の過ちを改めるべきであるならば、それは改めるべき理由そのものにより、今回の行為を容認できないでしょう。あなた方が難民を更に増やし、支援がさらに必要となるならば、我が国が政府としてそこに更なる支援を充てることを、支持するでしょう。それは、あなた方の主張を否定する動機によってではなく、その教義を否定する動機によってではなく、他ならないその地に住む人々の平和と安全と将来をあなた方自身の手で選択できるよう祈ればこそ、政策として支持されるでしょう。
 今回の支援を敵視し、政策の変更を迫りたいのであれば、難民を減らせば良いのであって、難民を多数生み出し、数多の市民に犠牲を強いる、その地における行為を無条件に止めるべきであり、そうすることで実現できる道がありましょう。曾て多くの国でテロルが横行し、それはしばしば独立や革命、或は反独立や反革命の名で行われてきました。我が国の政策が、そのような手段を否定し、それによって生み出される難民を支援する限りにおいて、それは思想や信条、政治形態の有無ではなく、そこに難民が存在するという事実を以て、そこに支援を行うことを、国民は否定しないでしょう。否定する場合でも、必ず平和的手段によってのみ否定するでしょう。
 人質が速やかに解放されることを願います。我が国の政策が、人質と身代金という手段によって変更されることを望みません。その政策が誤りであったとしたら尚の事、そのような手段による変更を認めないでしょう。我が国の政策が変更されることを望むなら、その要求は今回の行為によって達成されるものではなく、変更の要求がテロルや戦争ではない手段によって提示されることを求めるでしょう。我が国の政府は我が国の国民を保護する責任を持ちます。国民もそうであることを望んでいます。そうであればこそテロルは認めないでしょう。そして、その選択は等しくその地においても共有され、実現されることを強く希求して止みません。
 その動機や思想が崇高であるならば、そのような手段を使わずとも、必ずや果たされる日は来るでしょう。それが崇高であるならば、或は我が国の政府もそれを支持し、その政策を国民が支持する日が来るかもしれません。しかし、それは今ではありません。今この瞬間、行われている行為は、動機や思想とは関係なく、その手段を以てのみ否定されることを望みます。それ故に、人質の解放を望みます。我が国は、その政策が誤ったとしても、平和的手段によって、国民の手によってのみ変更される国であることを望み、そうであることは国民からも支持されるでしょう。賢明賢慮な判断と事態の速やかな解決を祈ります。

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「日本政府と国民へのメッセージ」について一日本国民より」への1件のフィードバック

  1.  是非、英文に翻訳してISILに送りつけて頂きたい。
     日本語である限り、いくら良文であろうとも彼らには届かないだろうから。

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