総選挙には役立たないかもしれない本10選

#総選挙に役立つ本 出版社員が火付け役

 ということで、どうもタグをサーチするとなんとも党派の主張合戦の様相も見えますので、党派・主義主張関係なく、また選挙だけでなく「政治」という領域に関心を持つ方に薦めたい本を何冊かピックアップしてみたいと思います。
 
1:世界憲法集(岩波文庫)

基本中の基本ということで、延々と版を重ねて刊行が続いている本書。「憲法改正に賛成?反対?」みたいな短絡な設問が設定されることも多い昨今ですが、そもそも日本国憲法だけを見ていても気付かない分野も多いですし、それぞれの国が何を規定して何を規定していなかったのか、それらを一冊で比較しながら読めるという点では今でもお薦めです。

 
2:人権宣言集(岩波文庫)

憲法集と合わせて一家に一冊くらいお薦めしたい、こちらも基本中の基本。法や宣言の中で「人権」というものがどのように謳われてきたのか、その成立の過程でそれぞれの時代、場所での文言を参照することができます。「新しい人権」という表現もある昨今ですが、「人権」という概念そのものは、その対象の拡張がされてきた一方で、基本原則は大きくは変わっていないので、手軽に参照できるという点ではこちらもまだまだ色あせません。
 
3:法哲学入門(講談社学術文庫)

「法」ではなく「法哲学」。西洋だけではなく、東洋も含めた「古代からの法体系の構築過程の背後に存在してきた法の精神の支柱となってきた哲学」の入門書。新規立法、法改正から法に基づいた行政運用まで、それらは本来は「いかにしてその法(法理)が構築されてきたのか」を視野に入れなければ、なかなか理解できない部分もあります。個々の法律論ではなく、「法の背景となる哲学」を理解することで、法理念の有り様や法体系へのアプローチをその根底の部分で捉えることもできるのではないでしょうか。入門書なので内容も平易でお薦めです。
 
4:法における常識(岩波文庫)

こちらも古典中の古典です。法学の入門書とも言われるほどの入門書ですが、何故法が必要とされ、その運用はどうあるべきか、という法思想の入門書。法哲学よりももう少しだけ実践寄りですが、こちらは前掲の法哲学入門と違ってイギリスにフォーカスを当てた内容となっています。コモン・ロー中心の言及であり、そこだけを考慮するとあまり日本には関係ないような印象になるかもしれませんが、判例の積み重ねと法運用の在り方を学ぶ上では十分に役立つ一冊と言えましょう。著者のヴィノグラドフは1800年代の人ですが、法と歴史を紐解くスタイルの本書は、前掲の法哲学入門と合わせて「現代に至るまで」の間に英米でどのように法運用がされてきたのかを知るだけでも、大いに参考になる一冊だと思います。
 
5:権利のための闘争(岩波文庫)

法哲学は解ったとして、さて、何故人は権利のために「闘争」という手段に訴える必要があるのか(逆説的に言えば何故法と権利の闘争が社会・国家にとって必要であり不可欠であり永続的なのか)を説いた一冊。著者のイェーリングはこちらも1800年代の人なので、やはり現代からすると随分と前の人ではあるのですが、内容は現代でも十分通用する部分があるほど、根源的且つ本質的でありながら、これも平易な一冊です。こうしてみると1800年代の著者を取り上げることが多いなぁ、私。
 
6:植木枝盛選集(岩波文庫)

あまり欧米の大家ばかりを取り上げてもね、ということで、日本の民権運動勃興期の大家の一人、植木枝盛の論文集。当時にあってはかなり急進的意見と言える内容も多いですが、当時において急進的であったということが「今では」当たり前のことだったりもするので、日本国憲法に何処までその精神が反映されているのか(あるいは反映されなかったのか)、歴史に思いを馳せながら読んでみるのも良いかもしれません。
 
7:石橋湛山評論集(岩波文庫)

戦前と戦後をブリッジする所謂日本のオールドリベラリストの一人として最重要な論客の一人、石橋湛山の評論集。この評論集や戦後に半ば美化されたような同氏の言動だけを見ると立派な論客であったことは間違いないのですが、この人を以てしても1930年代には雑誌東洋経済の巻頭文に満州国領有の妥当性を(半ば苦虫をかみ砕いたような表現とはいえ)叙述しなければならかった、戦前1930年代というものが何であったのか、非常に考えさせられます。というかそういう背景がこの評論集の「間」に挟まっているのだな、ということを念頭に置いて読むと、いろいろと見えるものがあるような気がします。
 
8:アメリカは恐怖に踊る(草思社)

一気に現代に飛んできましたが、現代において、政治の動向や世論構成にいかにマスメディアや言論が(負の面で)寄与し、半ばマッチポンプのような機能を果たしているのかを詳述したアメリカ政治分析の良書。政治家だけではなく、マスメディア、日本では識者と呼んでいるような言論の枢要にいる知識人(としておきます)が、現実を歪め、煽ることそのものを機能としてしまっているのかを批判しつつ紹介しています。著者は「ボウリング・フォー・コロンバイン」にも出演しているバリー・グラスナー氏ですが、その批判している先の識者界隈からも高い評価を受けている本書は一読の価値があるでしょう(というこれもマッチポンプかもね、と)。
 
9:ファシズムへの道(日評選書)

「戦前が」とか「軍靴が」とか「ファシズムみたい」とかカジュアルに使われるファシズムですが、第一次大戦後最も先進的と考えられていたワイマール憲法下で、いかにファシズムが形成されていったのかを解説している本は多いと思います(私の所蔵書にも何冊もあります)。その中で、敢えて一冊を取り上げるとしたら、ということで悩んでこれをご紹介。ワイマール共和制において、司法の場ではその発足の当初から共和制の根幹を破壊するような司法判例がいくつも積み重なっていく過程が実際の司法の場でのやりとりや、それを取り上げる報道の果たした役割などに焦点を当てて、具体的に叙述されています。法と社会と政治という点で、とかくその分析から漏れがちな実際の司法判例の役割を考える上で、示唆的です。最高裁判所裁判官国民審査というと、今の日本ではほぼ機能していないくらいに軽視されていますが、「本当に」ファシズムを警戒するならマスメディアと並んで司法ですよ、ということを忘れないようにしたいものです。勿論ファシズムに限らず、ですけどね。
 
10:全検証ピンクチラシ裁判―言論・表現の自由はこうして侵害された(一葉社)

ちょっと変化球ですが、「表現の自由と言いながらエロ守りたいだけだろ」という方々に是非一読頂きたい一冊でもあります。3年前にも取り上げた一冊ですが、思想・表現の自由に対して恣意的な既存法の運用を判例ベースで認めてしまい、また報道もその問題点を取り上げるのではなく、却ってそれを悪化させる方向で作用するとどのようなハレーションを生み出し得るのかを、その摘発、起訴、裁判に至るまで、ほぼ全記録としてまとめられている一冊。第一審での判決を憂慮した一大弁護団が結成される過程や、それを以てしても限界があるのだということをウンザリするほど教えてくれる一冊でもあります。そしてこの裁判の進行直後に「有害コミック一斉摘発」となり、実に(大手出版社をスルーして)零細出版社等を集中して70名以上を送検するなどが進展していったのだから、「私には関係ない」だけで終わらせたくはないところです。法を精緻にすれば漏れるものも多くなり、緩くすればこのような運用もでき得るのだという、過去の話ではなく実に1990年代の日本の実例なのだから、是非一読頂きたいところです。
 
 
 他にもいくらでもお薦めしたい本はあるのですが、ちょっと変化球を交えつつ、ざっと十冊ほど古典から現代まで拾ってみました。岩波文庫多いですね、改めて見ると。それだけ古典も含めて、確かに必要な文化の一翼なのですよね、岩波文庫。批判的に言及されることもある「岩波文化」ではなく岩波文庫。最近「文庫本「図書館貸し出し中止を」 文芸春秋社長が要請へ」といった報道もありましたが、文春文庫はどちらかといえば文藝方面の刊行が多いこともあり、一冊も入りませんでした(書きながら報道を思い出しました)。文春さんが悪いのではなく、古典分野はやはり岩波さんが抜群に分野も広く数も揃っている歴史がある、ということですかね。
 ちょっと前までは毎年「その年に読んだ本の中でセレクト10冊」というのもやっていましたが、こういうエントリーも久しぶりですね(エントリー自体が久しぶりなのですが)。それではまた。

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