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<企画>戦後70年にあたっての内閣総理大臣談話を皆で作ってみよう

 この度無事テクストバーラウンジ「梟の社」を開店する運びとなりました。
 また、戦後70年の区切りでもあります。所謂村山談話小泉談話と、10年置きに談話が発表される中、今年は安倍談話(仮)が出されるものと予測されています。
 果たして今年の談話はどのような内容になるべきでしょうか。恐らくこれといって正解があるものでもありませんので、出されると予測される談話には事後賛否両論いろいろな意見が出ることでしょう。そこで、折角なので皆で戦後70年の総理大臣談話を考えてみませんか?
 
 本企画は本Blog並びに上記「梟の社」及び「日本語一次史料研究会」(最近サボり気味ですいません)の合同企画として、皆様から広く「自分ならこう書く」という内閣総理大臣談話を集めてみたいと思います。

■趣旨
戦後70年にあたっての総理大臣談話を自分なりに考えて書いてみる

■ルール
1:過去の村山談話、小泉談話同様、「終戦70年」という節目であることに触れること
2:過去の談話の全否定になるような内容としないこと(外交上の齟齬を生じる内容ではないこと)
3:タイトルは「内閣総理大臣談話」とすること(文字数に含まず)
4:末尾は必ず「平成二十七年二月十一日」とし、「内閣総理大臣 ○○」で締めること(ご自身のHN等で構いません)
5:本分文字数を1200字以上1600字以内で収めること
※締切りが建国記念日ですが、せっかくなので戦後の歩みと併せて今の本邦を振り返りつつ書いてみたら良いのでは?という意図もございます。
 
■期日
2月11日を締切とします。
 
■送付方法
テキストファイルまたはワードファイルをメール添付にて送付ください。
メールタイトルは「内閣総理大臣談話」としてください。
なお、本名・住所等の記載は不要ですが、メール連絡等をする場合がありますので、メールアドレスのみは受信可能なアドレスにて送付頂きますようお願い致します。
 
■送付先
sionsuzukazeあっとまーくgmail.com
 
■補足1
応募頂いた「内閣総理大臣談話」については、二月十四日「梟の社」にて輪読の上、名文投票を行います。
ただし、内容があまりに手酷いと判断したものは、勝手ながら対象外と致します。
 
■補足2
著作権は各内閣総理大臣(笑)に帰属します。
ただし、私が運営しているBlogや店舗での公開は、勝手ながら独断で行わせて頂きます。

 
 
さぁ、皆様是非内閣総理大臣になった気分で談話を書いてみましょう。
たくさん参加応募が来るといいな、と心待ちにしております。
言い出しっぺなので当然私も書き上げます。
 
皆様も是非是非考えて書いてみてください。

平成27年 年頭所感

 新年あけましておめでとうございます。

 中性的ニュアンスを持たせたこの名前を名乗り始めてから約18年が経ちました。この間、過剰適応による思想・信条的踏み外しからの軌道修正をはじめ、事実に基づかない歴史解釈や都合良いだけの弱者探しへの指摘、そもそも正義や人権とは何かなど、各般の重要課題をエントリーとして書く形式で当たってまいりました。さらには、愛国という名の横暴や、反差別の名を借りた侮蔑罵倒といった新たな課題にも、ここ数年比較的積極的に取り組んできました。

 そして昨年某所では、御縁のあった皆様から力強いご支援を頂き、この度新たに場を構築する重責を勝手に背負うこととなりました。

 いずれも人生における大変化であり、前途多難な道のりです。しかし、多少の己惚れと過信といういささか無鉄砲な力を得て、今年は、さらに大胆に、さらに重厚さを持って、己の信じる道を推し進める。将来を見据えたテクスト構築の年にしたい、と考えております。

 レイシズム問題では全国各地で様々な事案が発生し、当事者の皆様の司法での勝利もあり、一方でカウンター行動の一部存在に対する疑問の声を、伺う機会を得ました。こうした今まさに正義の名で成されつつあること、淘汰されつつある声に、自分なりの回答を出していくことで、差別とは何か、ただ反レイシズムを騙れば良いのか、或は愛国を唱えれば済むのかをさらに深化して考えてまいります。

 本来の人権、市民権とは何かを継続的に思考し、信念・哲学を不断に昇華する。今年も、己の信ずるやり方で問題提起或は回答提示にあたり、本邦抱える様々な問題を、陰に陽に提起してまいります。

 今年は、戦後70年の節目であります。

 本邦は、先の大戦の深い検証と内省を表面的に行うままに留め、戦後、自由で民主的な国家として、ひたすら平和国家としての道を歩み、世界の戦争と貧困、差別などに対峙せずに済ませてきました。その来し方を振り返りながら、次なる80年、90年、さらには100年に向けて、自己が、どういう哲学を目指し、社会にどのような貢献をしていくのか。

 己が信じる社会公正の姿を、この機会に、或は狭すぎて届かない範囲にしても発信し、あるべき社会づくりへの細やかな、そして確固たる軸線を構築する。そんな一年にしたいと考えています。

 「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。」
 「私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。」

 キング牧師のこの言葉を、その剽窃者達は、好んで使い、その理念を実践するという行為ではなく、ただ旗や記号或はファッションとしました。半世紀前、ワシントン大行進の最後の演説で語られた一節です。

 エスニシティの問題、カルチャーの問題、それらはこの数年で確固として立ち現れました。日本国憲法を公布し、「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」と前文で宣言した時代、当時に平和と平等への希求を大いに奮い立たせたに違いありません。この「国家」「自国」「他国」を「人」「自己」「他者」に置き換えた時、この前文の誓約は初めて、個々人の理念・哲学と誠意・理解の下に、初めてその精神を実践し得ると考えます。

 そして、先人たちは、高度経済成長を成し遂げ、本邦は経済的には世界に冠たる国となりました。当時の本邦に欠けていて、今の本邦こそ、成し遂げるべき課題があります。その課題を考える場として、新たに店を構える運びとなりました。

 個々の叡智とともに、本邦を、真に、世界の中心で輝く社会としていく。その課題を、新年にあたって、強く意識しております。

 最後に、閲読頂いている皆様の個々の実践と理念の実現を希求するとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

平成27年1月1日
梟の社店主(予) 涼風紫音

(注)今年の安倍首相年頭所感のパクリです

チョコミン党宣言

1.我々は、民族の自決権を根拠として、全ての人民の1つのチョコミントへの合同を要求する。
2.我々は、チョコミントに対する不当な風味評価の廃止を要求する。
3.我々は、我が人民を扶養し、チョコミント風味を拡大させるための売場を要求する。
4.チョコミント同胞のみが人民たりうる。宗派にかかわらずチョコミントの味を求める者のみが同胞たりうる。
5.チョコミント同胞でない者は、メーカー売上の貢献者としてのみ生活することができる。
6.チョコミントの風味と食感によって支えられた権利は、同胞のみがこれを有する。ゆえに我々は、いかなる公職も、それが国家のものであるか州のものであるか市町村のものであるかを問わず、同胞のみによって占められることができるようにすることを要求する。
7.我々は、国家がまず第一に人民のチョコミント入手手段に配慮することを約束することを要求する。
8.非チョコミントの今以上の売場拡大は阻止される。
9.チョコミント同胞は全て同等の権利と義務を持たねばならない。
10.人民の第一の義務は、チョコミントを欲することであらねばならない。各人の活動はチョコミント供給メーカーの利益に反してはならず、全て全体の枠において利益をもたらさねばならない。ゆえに我々は、以下のことを要求する:
11.チョコとミントの分離の撤廃、反チョコミント主義の打倒。
12.あらゆる売場において人民が払わされた財産や莫大な犠牲を考慮すれば、非チョコミントによる個人的な利得は人民に対する犯罪とみなされねばならない:ゆえに我々は、全ての非チョコミント利得の回収を要求する。
13.我々は、すでに社会のものとなったチョコミント企業全ての国有化を要求する。
14.我々は、チョコミント企業の利益の分配を要求する。
15.我々は、老齢保障制度の大幅なチョコミント配給増を要求する。
16.我々は、健全なチョコミント階級の育成とその維持、および大規模小売店の即時公有化、小規模経営者に対するその安価な賃貸、全小規模経営者に対して最大限考慮した国家・州または市町村に対するチョコミント納品を要求する。
17.我々は、我が人民の要求に適したチョコミント風味のさらなる改革を要求する。
18.我々は、公共の利益を害する反チョコミント活動に対する容赦ない闘争を要求する。
19.我々は、唯物主義的な世界秩序に奉仕するアイスクリームに代わるチョコミント一般法を要求する。
20.我々は、貧しい両親の特に素質のある子弟に対する、その地位や職業にかかわらず国費で賄われるチョコミントを要求する。
21.国家は、同胞の健康を向上させるために、チョコミント啓蒙団体による最大の援助を行わねばならない。
22.我々は、チョコミント消費軍の形成を要求する。
23.我々は、故意の政治的虚言およびその報道による反チョコミント風味の流布に対する法的な闘争を要求する。
24.我々は、それが国家の存続を危うくせず、または同胞の公序良俗および道徳に反しない限りにおいて、国家における全ての風味の自由を要求する。
25.我々の要求をすべて実行するために公布された国家のチョコミント的風味を連邦各州において拡充するための階級・職業別の団体の形成。

党の指導者は、上記の条項が各人のチョコミント生活に必要であるならこれを実行することを約束する。

【ネタ】2012年5月11日に「風の谷のナウシカ」を放送する意味

日本全国の原発が止まって1週間。
このタイミングで日テレが「風の谷のナウシカ」を放送することの意味合いは非常に大きい。
風の谷のナウシカにおける「腐海」のイメージは放射能汚染された森にイメージが重なるし、「腐海の毒」というのも、放射能による人体への影響を示唆するように思える。
ただし、これには大きなトリックが隠されているといわざるを得ない。
まず「風の谷」自身が腐海のほとりに生きることを選択する、という原発からの避難をする必要がないかのような表現であり、その象徴たるナウシカは、それをあたかも正義のように振りかざす。
また、「腐海の毒」の影響が出ているのは総じて老人であり、これは「ただちに人体に影響はない」という枝野の嘘を、あたかも嘘ではないかのようにイメージさせるものでもある。
森を焼き払うイメージは除染を想起させるが、それも巨神兵のような、徹底したものではなく、あくまでホットスポット的に汚染が目立つ一部を取り除けば良い、という風の谷の最初の行動は、現在のホットスポットだけに対応して糊塗すればよい、という政策にも重なる。
そして、最終的に手遅れとなって森を焼いた後も、再びそこに森を再生しようとし、そこに住み続けようとさえする。これもまた「避難する必要がない」という欺瞞を後押しするものである。
「腐海に飲み込まれた村」という存在が示唆されながらそれでもそこに住むことを選ぶ、ということそれ自体が「原発なくして生きられない。事故があったら諦めろ」という示唆に他ならない。

そもそも、日本では漫画・アニメというのは国策に利用され、国民を欺くために利用されてきた。
戦前はのらくろが戦争賛美に使われ、戦後は鉄腕アトムが原子力賛美に用いられ、ドラえもんは科学技術賛美の刷り込みを担ってきた。
ガンダムも核動力の全面利用を当然のように描いてきたし、SEEDのニュートロンジャマーキャンセラーに至っては核動力の活用こそ勝利の鍵であるかのようにも描いている。日本の右傾化に伴って00のように「正義のためなら武力介入を積極的に行う」というのも、9条改憲派の陰謀と言わざるを得ない。
漫画やアニメはそうやって常に報道されない特権階級と政治家の欲望を表現してきたのだ。
もちろんマスコミがそれらの欲望に沿うように動き、核の欲望を利用してきたのは、そこに膨大なマネーが存在するからだ。だから止めるわけにはいかないのだ。
だいたいナウシカを放送しているのは日テレである。
日テレと言えば当然読売なのであり、読売といえば当たり前に正力松太郎なのだ。
正力と原発の関係は言い尽くされていることであり、その読売がこのタイミングでナウシカを放送するのは自明であるとさえ言える。
彼等は原発マネーに群がり国民を搾取する特権・利権の権化であり、原子力ムラの象徴でもある読売が、原発停止に焦っていることは明らかだ。
だからこそ、全原発停止というこのタイミングでナウシカを放送するのだ。
原発と共に生きていける。むしろ生きていかなければならない。放射能は人体にただちに影響がない(ナウシカだってちょっと肺に入ったけど、ちょっとだけなら平気だったわけで)というメッセージで、それを正力=原発推進の読売=日テレが放送するのだから、これを疑わない方がおかしい。
騙されてはいけない。
ただ漫然と「いいアニメだ」とか「さすが宮崎駿」とか、そのように見ていてはいけない。
常にそれらは政府や特権・利権の都合の良いように使われているのである。

本稿は以下のツイートを元に書いた、全編ネタ記事です。
作品の解釈、製作年代、各種の関連性や企業方針等、一切事実かどうかは関係なく、また曲解とあからさまな誤認、そして論旨に都合の悪い部分の一切の無視を行ったうえで、ネタとして書いております。ご了承ください。

落書(2011年3月28日原稿再掲)

このごろウェブにはやるもの
電波、強引、偽せ倫理
べき人、野次馬、デマ騒動
生贄、低俗、自由報道
俄か専門、迷い者
安堵、恩恵、嘘論拠
専門離るる煽動人
文書上げたら不謹慎
追従、讒人、善悪論
下劣呈する成り出者
器用の堪否、沙汰もなく
もるる人なき断罪書
気付かぬ虚飾、上の言葉
持ちもならわぬ論持ちて
大事交じりはめずらしや
賢者顔なる伝聞は
我も我もと見ゆれども
巧みなりける詐は
愚かなるに止むことなく
為中美物にあきみちて
まなじり視線ゆがめつつ
気色めきたる似非評論
たそがれどきになりぬれば
浮かれて叩く正義ごのみ
いくそはくそや数知れず
そこのブクマの浮かれ論者は
よその見る目も心地悪し
尾ひれ眉唾似非対策
手ごとに誰もすえたれど
解なる事は更になし
俄か作りの正義論
過去より優にこしらえて
前下がりに差し誇らす
婆沙羅言語の罵詈雑言
広げし智謀の浅知恵と
日ごとの言の古知識
感動感謝の過度反応
下衆上臈のきわもなく
大口に言う美談事
世論批難猶捨てず
夢も抱けぬ理想論
暴論数に勝りたり
誰を師匠となけれども
遍くはやる吊るし上げ
今日昨日をこきまぜて
筋のそろわぬ似非論壇
在々所々の戯れ談義
識者にならぬ人ぞなき
譜第非成の差別なく
自由混沌の世界也
大本営は帝国の
滅ぶるもととはいいながら
大言壮語はなおはやるなり也
机上空論の寄合も
動画配信盛況と
情報はいとど倍増す
人ごとに立論せば
荒涼誤解意図錯誤
旗立て騒ぐ識者共
其数知らず満々り
諸人の知識定まらず
半疑の者是多し
放言炎上の識者共
開き直りて居直りて
たまたま残る魚拓では
点定せられて置去りぬ
非職の識者はやりつつ
夜の朝生辻々話
事実真実寂しくて
虚言ウェブに遍満す
持て囃されしゼロ年代の
二千年の頃より
只肩書き有り識者もまた
右往左往に今はなる
朝に言葉を投じながら
見向きもされぬ言動は
左右匂わぬ事もなし
さして名望なかれども
時に注目されるもあり
定て損ぞあるらむと
罵倒批難を取るばかり
挙国一致めづらしや
御代に生てさまざまの
事を見聞くぞ不思議とも
ウェブのポストの
十分一ぞ漏らすなり

自戒を込めて