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何重にも「残念」であることだけを只管繰り返し続けた御粗末な愚行と後始末

 何が問題なのかまったくわかっていない訳のわからない擁護論から批難論まで飛び交っていて、気が重いというかこういう記事はあまり書くつもりもなかったのだが、論点整理くらいはしておいても良かろう、ということで以下まとめてみる。
 
 論点1:「どうして解散するんですか?」のサイトの何が問題だったのか。
 この点でまず異論が無いであろうことの一つは「騙り」行為そのもの。小学四年生みたいなあたかも無垢を装うことそのものがそもそも駄目(なお、10代前後の多感な時期というのは、大人がそこにどういう視線を向けようが「無垢」どころか「無邪気な邪気」の時期でもあるし、そこに「無垢」だの「純心」だのを見出すのは大人の勝手な振る舞いである。その装いをしようという段階で既に浅ましいのだ)。「当時だったらどう考えたか」という言い訳をするくらいなら、「自分が小学校四年の時に感じていたことを思い返してみると」という前置きをしてそのまま書けば良いものを、明らかに意図的にそれをやっている。1994年生まれという履歴が正しければ公職選挙法9条1項に照らして「有権者」であり「参政権保持者」である可能性が否めない(なお、満20歳で日本国籍を有し同一都道府県に3か月以上在住していること、という要件のいずれかで弾かれる可能性は否定しない)。票を持つ有権者がやる行為の一つの卑劣な行為の一つは怪文書や虚偽情報、欺瞞情報の類の流布であって、これは党派や政党関係なく、公正な代議制選挙を維持するための要諦であって、決して許されるべきものではない。しかも「選挙の意義を問う」というのは、立派に代議制選挙そのものに対するポリティカルメッセージにしか成り得ないのだから、この点からも問題視して当然である。というか、そういう姑息な印象操作を容認するような社会は歪なのだから是正されなければならない。「行動するだけ偉い」「動機は立派である」等の類の擁護は何等その問題を無効化しない。
 さらに、そのサイトを踏み台として、閲覧者にスパム紛いの行為(事実上スパム行為と言って差支えない)をやらせようとした点も問題。サイトの性質上そこを訪れる多数が「有権者」であるとの仮説はそれなりに立てられよう。その場合、そのような有権者はその行為に巻き込まれる(巻き込まれた)ことになる。そこを問題視しないこともまた問題。本件では有権者は徹頭徹尾馬鹿にされているのだ。
 
 
 論点2:「僕らの一歩が日本を変える。」という団体との関係
 2013年12月25日の記事を読む限り、同団体は2012年に任意団体として発足し、本人等の弁を借りれば「NPO法人」であるそうである。仮に本人の弁の通り「個人が勝手にやったこと」であれば、同団体の名でドメイン取得等を行った時点で「団体・組織の私的利用」にしかならず、同団体から費用等が計上されているようであれば(取得されたドメイン情報を見る限りそうとしか思えないのだが)、「団体・組織の財産の私的流用」にしかならないので、横領に等しい行為と言わざるを得ない。逆に同団体・組織が「個人がやったこと」として切り捨てにかかっているのであれば、その時点で「そのような人間に団体・組織の顔」としてそのような人間を前に立てていたことについて、真剣に自省すべきでしかない。いずれにしろ「問題にしかできない」謝罪となっている上、時限的消滅を作為しそれが明るみに出るとソースコードを書き換えるという、稚拙で思慮の浅い、まこと残念な人物と残念な団体が関与していた残念な案件ということにしかならないことに、恐らく当事者・関係者が保身を優先し「気付いていない」と思われる点がさらに残念な事案となった。
 「慶應義塾大学 青木大和さん | ハイパー学生のアタマの中」のインタビュー記事の記載を信じるなら、尊敬する人は「死後も語り継がれるカリスマ性を持ったジョン・F・ケネディ」だそうなので、個人的には自己顕示欲か承認欲求が度を越した事案として捉えているわけだが、同時に同記事時点では「シェアハウス」に住んでいたそうなので、周囲の人間は今回の件を一切知らなかったのか、知っていて止めなかったのかは気になる点ではある。同記事に見られる傾向から考えて(また今回のサイト開設の直前にやりとりされたとされるツイート内容から判断して)全く知らなかったとは思えないので、その点については仮定であるという留保の上ではあるものの、同氏を止める人が周囲に不在であったことは氏にとっては不幸と言えよう。この点で同団体に民主党関係者が関与していた節があるものの、今回の件そのものは委細が判然としないので、そこまで踏み込むのは現時点では軽率ではあろう。陰謀論の種は世に尽きることなし、ではあるが。
 
 論点3:安倍首相のアカウントの発信についての問題
 この問題に飛びついたのが安倍首相の公式アカウントである。当初は悪名高い「保守速報」を参照するよう誘導した他者のポストのシェア行為である。「保守速報」が差別問題で「訴訟対象となっているから」問題なのではない。そもそも「まとめサイト」という存在が、恣意的に表題を変え、時に部分抜粋引用による印象操作を行っている一連の「存在意義そのものが問題視される運営そのもの」であり、それが差別的であろうがなかろうが、そもそもメディアの名に値しない情報源へと誘導するような記事をシェアする行為そのものが如何なものかという点でリテラシーの問題は挙げられよう。最も、さすがにその批判は耳に入ったのか、FBアカウントでは当該RTは削除されたようで、替わりにこれがポストされている。「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為だと思います。」これはまぁ頷ける(と同時にそこに「無垢」を投射することの視線の問題は最初に述べた)。しかし「選挙目当ての組織的な印象操作ではないでしょうが、選挙は政策を競い合いたいと思います」この前半部分で明らかに「組織的印象操作」を否定しつつもそうであることを匂わせるコメントについては、確かに「政策で競うべき」という点はそうだとしても、かなり微妙ではある。もともと政治的には左翼的言動への敵視がコメント欄に野放し状態のアカウントでありそれ自体は政治的党派抗争と考えれば必ずしも否定されるべきではないだろうが、それ党派抗争以前に差別コメントが野放しであるアカウントであり、アカウント運営そのものが「近代民主主義国家の一国の首班として如何なものか」という状態である点は「本件とは無関係に」提起され続けるべき問題であろう。「反日左翼」だの「売国民主党」だのというコメントが跋扈しているのを放置しているのは、党派抗争以前の問題である。それこそ印象操作の放置にしかならない。
 その上で「一国の首相という権力の頂点が一個人(一団体)の行為に言及するのは如何なものか」という権力の非対称性を以て問うのは解らない話ではない。当然「触れる必要があったのか」という点においては、だ(触れなかったとしても同氏の行動が「問題がなかった」ことにならない点を、同氏を擁護する人間は非対称性の問題にすり替えている)。一方で言及する以上はあくまで「子供になりすます」行為という表面的事実ではなく、その行為そのものが「代議制への冒涜」であるという一点において批判すれば済む話であったろう(代議制の擁護者足らんとするならば、その点については注意喚起も含めて言及してもおかしくはない。少なくとも同氏と団体はここのところメディアへの露出も少なからずだったのだから)。そこには「触れていない」。もともとアカウント運営者の資質そのものが著しく疑わしい状況において、その資質の無さを一層露呈しただけという、まことに残念な話である。わざわざ「シェア」したものを「消して」までポストし直したコメントでアレである。
 
 論点4:「民主くん」アカウントの曖昧さとお粗末さの問題
 同アカウントは民主党のマスコットをアイコンとし、党関係者が運営していることは過去にアカウント自身が言及しているのであるが、同時に「公式アカウントではない」という位置付けであり「個人の発信は特段制限しない」というスタンスで運営されている、極めて位置付けが曖昧なアカウントである。そのアカウントが「内容には賛同できたので、そのフィクションに乗った形のコメント付きで紹介しました。」という弁明にもならない弁明を重ねているのは愚にもつかない。同団体に民主党が党として関与していたのか、今回の件で直接関与していたか、といったことは詳らかにならない限りただの陰謀論を出ないのだが、「どうして解散するのか?」という問いが逆説的意味合いとして「解散する必要などないではないか」ということに帰結する(解散理由に思い当たる節も道理も見出せないという点に収斂する)サイトの「内容に賛同」とはどういった点の何処に賛同したというのか。しかも何の留保もなく「天才少年現る!とてもいい。皆さんもぜひ!」と書いておいてである。言い逃れのしようもない、お粗末さである。民主党の今回の選挙向けのスローガンは「今こそ、流れを変えるとき」である。このタイミングを党として「そのように位置づける」ならば、そもそも「内容に賛同」などできるだろうか。いかに公式アカウントではないと言ったところで党の掲げるスローガンと真っ向からぶつかってしまっていることに「気付いていない」という残念極まる対応になっている。選挙そのものが実に意味も価値もないであると仮定した場合、ボイコットするという戦術も選択肢としては存在する(もっともそれをやれば党はあっという間に辛うじて保っている支持を失い分解するだろうが)。
 
 結論:まこと「残念」な事案である
 非常に器が小さく未熟でつまらない人間が、まことに残念極まることを仕出かした挙句にその後始末にも御粗末なまでに残念な対応を繰り返し、それに言及した我国の首班(そう、首班だ)のアカウントがこれまた極めて残念な対応を繰り返し、挙句に野党第一党の党関係者が運営しているアカウントがこれまた何重にも御粗末で残念な事案なのである。与野党のそれぞれ第一党を巻き込む形で、どこまでも残念な演劇を見せられているこの状況は(そして踊っている人も踊らされている人も何が問題なのか解らず場当たり対応を繰返している状況は)、極めて残念なことである。社会の残念さの縮図としか譬えようがない。思慮も考慮もない極めて平凡でつまらない確信犯が、与野党の中枢の残念さ加減をこれでもかと炙り出しているだけなのだ。
 個人的には、同氏自体はまだ若いのだし、勇み足もあれば失敗もあろうから、それだけ野心があるなら下心など出さずに、粛々と自身がやらかしたことに向き合って再起の道を図る分には、そこに自省がある限り本件を忘れ去ってしまっても構わない程度には思ってはいる。だが、あまりに残念なことが積み重なっている光景を見て本稿を書いた次第である。右翼だろうが左翼だろうが保守だろうが革新だろうが、愚劣卑劣に残念(な対応と擁護)とくれば、それはまこと「残念」としか言い様がない。

大衆運動としてのナチス、

 大衆の無関心がファッショを呼び寄せる、という言動がしばしば聞かれるが、これが誤りであることを以下に簡単にまとめてみよう。
 
 もともとワイマールドイツの議会制移行後の投票率は常に極めて高い水準で推移している。1919年の83.o%をスタートに、もっとも落ち込んだ時期で1928年の75.6%、ナチスが本格的に勃興する1930年代は常に80%以上、1933年は過去1年間で3回目の選挙にも関わらず、88.8%と最高値を示している。※史料により小数点以下の差異があるがどの史料も概ねこの数値
 そして、1919年の選挙において、ボイコット戦術を展開した共産党に対して、社会民主党は37.9%の得票を得ることになった。明らかにワイマール期のドイツは「革命」でも「労働者政権」でもなく、「議会制統治」を選択している。事実社会民主党は明らかに労働者代表政党と言うよりは、大衆政党としての性格を持っていた。「抑圧する独裁権力機関」対「抑圧される労働者階級」といった状況が生起したわけではなく、寧ろ資本主義化・工業化の進展によって勃興した「大衆」という名の存在を、共産党は明らかに最初の選挙で見誤っていた。大衆は議会制を求めたのである。
 共産党は選挙ボイコットから戦術を転換し、1920年選挙の2.1%を皮切りに得票を次第に伸ばし、1932年の年内2回目の選挙では寧ろ16.9%と社会民主党に迫る勢いを見せ、30年代は常にカトリック中央党を上回る勢いを見せていた。このことも議会制という体制における体制内政党(合法政党)として支持されたことを意味するだろうし、ナチスが1924年の得票6.5%から1928年の2.8%へと下落した後、1930年代の選挙で躍進することになる。1920年代後半は好景気により支持が落ち、資金難で党大会が中止に追い込まれる有様であったが、1924年選挙から1928年選挙までの間、共産党もまた12%から10%へ伸び悩みを見せていることから、好景気が過激・先鋭な主張を望まなかったことが窺える。
 その点に於いて、共産党同様ナチスが合法的に政権を「獲りに行く」と判断したヒットラーの決断は、大衆政党として「正しかった」判断と言えるだろうし、また、そのような選択をしたからこそ大衆はナチスを「選択できた」とも言える。1930年代初頭のナチスと共産党の伸張は、明らかに1929年に波及した世界恐慌による大衆生活の窮乏が大きな要因になっていると考えることができる。右傾化・左傾化以前に、職の問題であった。1929年に失業率8.5%を記録して以降、加速度的に失業が増大し、1932年には29.9%が失業者となっている。
 

 この時期に何が進行していたかは以下が参考になる。「ドイツ近代史/木谷勤・望田幸男編著/ミネルバ書房」より引用する。
1928年末のルール鉄鋼争議が示しているように、労働争議は妥協のできない「勝利か敗北か」が問われる争議となり、それは同時にワイマール共和国の正統性が問われることを意味していた。だからヘルマン・ミュラー内閣の失業保険引上げをめぐる対立は、彼の退陣の原因ではなく契機であって、保守勢力と産業界の1924年以降の一貫した政治的意図の結果である。
 社会国家とともに公衆衛生、医療行政、社会的矯正などの制度や理論が発展していったが、社会国家の正当性が危機に瀕するについれ、社会改善のための制度や理論は社会防衛論に転化し、「異常」者や「異質」分子を共同社会から排除するイデオロギーに、そして最後はナチの人種イデオロギーにも根拠を与えることになった。(P.114)

 この後ブリューニングがその経済政策において、景気回復よりも全体主義統制経済への布石や、憲法上の大統領権限を毀損するような政策に打って出たことは、当時のワイマールドイツにおいて、ナチスがそれを変容させたのではなく、寧ろそれ以前から土壌に存在したものであるとも言える。また、従来の「保守勢力」と指摘されているのは、ユンカーや官吏等であって、ナチスはそれとは明らかに異質な、労働者をも含む広汎な層を支持基盤としていた。確かに労働者層は相対的には社会民主党や共産党の支持が強かったものの、それでも1930年には党員構成で最多を占めたのは労働者であり、他に手工業者や農民なども相当の比率を占めていた。ナチスの党員構成は明らかに党員の年代構成が若く、単に「新しい」政党であるだけでなく、「若い」政党であり、1920年代後半の混乱期にその基盤が広がっていったことは、確かに大衆政党であったことを意味するだろうし、同時に従来の「保守勢力」への叛乱でもある。
 ワイマールドイツで特筆すべき点は女性解放であるが、従来は「女性に相応しくない」とされたスポーツや、様々な職種への社会進出が進んだのは事実である。戦前は「女性を働かせるのは恥」とされ花嫁修業に充てられた婚前期間は、ワイマール期はそのインフレの加速とその後の不況により「養う余裕がない」こともあって「婚姻退社」を前提とした社会進出を促進していったのである。この過程で平行して「性と生殖の分離(婚外交渉・婚前交渉)」が広がり、また堕胎数増も進んだ。離婚件数も伸び、離婚を恥とする旧来概念への挑戦として、寧ろ好意的に受け止められもした。このような女性の解放は、同時に「性モラルの低下」「家族崩壊」として保守勢力や教会関係者からは攻撃の対象ともなったが、ナチスの「母性像」はこのような背景があったところに後乗りしただけ、とも言える。事実ナチスは女性の人権や母の尊厳など顧慮もしなかったが、上記の女性解放に「批判的」な女性団体・保守勢力とは明らかに手を組める主張であったし、母性賛美の点ではその主張は大差あるものでもなかったのである。このあたりは同著の第三章を丸々参照頂くと、理解が進むだろう。ナチスの価値観・思想はある意味では雑多な寄せ集めで支離滅裂ではあったが、それは確かに大衆の様々な運動の「ある局面」「ある主張」とは共同できるものでもあり、また大衆の政治的熱狂により、そこに収斂していったのである。そのような雑多で支離滅裂な主張・思想を超克する、およそ唯一といっても良い原理が「指導者原理」であり、それに必要だったのがヒットラーそのものの存在と言える。
 ナチスは当初より旧来の保守勢力(ユンカー等)からは寧ろ嫌悪の目で見られることもあった程度に「急進的過激派」であり、決してその保守勢力を基盤として登場したわけではない。ファッショがそもそも大衆運動に立脚する所以であり、議会制への移行と平行して登場した「大衆」は、寧ろ旧来の保守勢力とは異なる存在でさえあった。「皇帝は去ったが将軍は残った」という言葉があるが、これはいささか簡略に過ぎる。正しくは「皇帝は去ったが将軍・官僚・ユンカーは残り、大衆が生まれた」というべきだろう。1919年~1930年に至るわずか10年の激動の変化は、旧来の保守層を激しく動揺させたと同時に、新たな大衆は政治には一貫して高い関心を示していた。社会主義系統の新聞に加えて大規模なマスメディアとしての新聞・ラジオが普及することで労働者「階級」にさえそれが浸透することで、寧ろそれらの「階級」においてさえ選択肢は確実に増えていった。その中に、ナチスも存在したのである。
 
 ユンカーはまだしも「官僚」と書くとあまりピンと来ない向きもあろうが、ここでもう一冊ご紹介したい。「ファシズムへの道 ワイマール裁判物語/清水誠著/日本評論社」である。この著者の言葉として、まえがきに記載された「それらの訴訟において、旧帝政以来のイスに座りつづける裁判官たちは、おおむね、旧貴族・軍人・政治的テロ犯人に対しては寛容な、そして、民主主義者・共和主義者・労働者に対しては苛酷な態度を取り続けた」(P.3/1971年朝日新聞夕刊への寄稿より引用)との評価は、同著を読めば概ね「正しい評価」と言うことができるだろう。
 憲法は変わったが、司法官僚・裁判官はそのまま残り、それらは帝政期から引き続き残っていたが故に、当然に「革命勢力」や「共和主義者」へは、寧ろ憎悪を持っていた。その結果、憲法の精神以前に、司法の場ではワイマールドイツの発足当初より、しばしば「保守勢力」を擁護する判決がくだされ、結果としてそれは「背後からの一突き」論を補強し、また「反共イデオローグ」としての勃興勢力であるナチスを利する結果にもなったのである。「我が闘争」が収監とは言い難いような収監期に記述されたことは有名であるが、そもそもナチスのファッショを支えたヒットラーをそのようにしたのは、ナチスだから「ではなく」、もともと保守勢力が反共という点で、また新しい女性といった「旧来保守勢力」を嫌悪する体質を帝政期のまま引きずっていたことに起因するものであり、それはナチスの浸透に伴って、同著で以下のように記載されるような状況となる。

 だが、この「法的基準」はその名に値しなかった。それは規範として定着し事前に名宛人に明示されるものではありえなかったから。そこでは「裁判」が行われるのではなく、裁判官による政治的処分が存在したに過ぎない。(P.270)

 
 ファッショを生み、育てたのは、確かに大衆運動であり大衆の積極的政治参画であり、同時にそれを見事にアシストしたのは、本来それとは相容れなかったはずの「保守勢力」であったのであり、それは「右傾化」や「保守化」とは到底言い難いものであった、とさえ言えるかもしれない。いかに「民主的」憲法であれ、それを擁護する基盤となるべき司法がこの有様で、その体制で政治を決すべき有権者たる大衆がナチスを結果として選択したことで、ワイマールドイツは崩壊したのである。

■引用文献
ドイツ近代史―18世紀から現代まで

それでもおそらく橋下市長への支持は大きくは変わらない

「電力や、需給関係がどういうものか、僕らの世代が身に染みて感じ、新しい電力供給態勢を考える上でも必要だ」
「関西だけでなく、日本全体の電力供給体制の問題。関西も自分たちで十分にやるが、関西の危機を日本の危機と捉えてもらいたい」

これは橋下市長の言である。
過去に「原発は無くても電力は足りる」「関電が隠している電源がある」と発言してきた人間と同じとは思えない豹変ぷりだが、軌道修正の気配は少し前から出ていたので、今さら驚くには値しない。
実際問題、大飯原発を動かそうが依然として電力供給量は綱渡りの状態であり、動かさなければ大規模な供給不足に陥ることは目に見えている。

これは過去の言動の変遷をざっくりとまとめたものだが、これを見て「スタンスの変化」を感じる人は多いだろう。
一方で、冒頭の発言にもいくつかのレトリカルなポイントがあることは注意しておいた方がいいだろう。
まず「新しい電力供給態勢」というものが何かを明示していないので、これが「新エネルギー」を指すのか、「原発再稼働」を指すのか、単に「発送電分離」を指すのか、定かではない。
逆に言えば、結論と行く末がどうなろうが、彼のこの言葉はそのいずれの場合にも「必要だ」という言葉で受容可能で、巧妙でさえある。
次に「関西の危機を日本の危機と捉えてもらいたい」という言葉だが、そもそも関西の供給不安はその原発依存度の高さもあり、前々から指摘されていたことでもある。
従って、全般の供給安定に努めるべき政府の責任も大きいわけだが、「日本の危機」という表現は、過去の政府の決定不能状態を作り出す一因でもあった橋下市長自身のアジテーションを、「関西だけの問題じゃない」として免責することでもあり、また「関電の電力隠し」だったり、はたまた「既存電源の過大な供給見込み」だったり、そういった諸々の判断ミスを「日本の問題」として自身の権限・判断の範囲外に置くことで、この夏にいかなる事態が発生しようとも、自身は何一つ責任取らずに済む、これもまた巧妙な言い草でもある。そも「日本全体」の問題であれば「一市長」如きがどうこうできるわけではない、という訳だ。
そしてどのような結末が訪れようと、「政府の決定」「政府の判断」であり、彼にとってはその内容はどうとでも批判できることになる。
そもそも彼が提唱する「稼働を認めるための八条件」なるものが「衆院選に向けて」であると断言しているわけだから、稼働すれば電力が足りようが「政府は自分の意見を聞かない=地元を無視している」であり、稼働せずに電力不足に陥れば「わかっていて対策を取らなかった政府が悪い」となるわけで、どう動こうが政府としては失点にしかならず、支持率低迷の折、政府としては「いずれが致命傷になり得ない傷で済むか」という、とても損な役回りを橋下市長によって与えられている、とも言える。

さて、この無責任にも見えるスタンスの変化だが、恐らくこれは上記のようにどう転んでも相手に得点を上げさせないやり方であり、その意味では橋下自身は実は失点が少ない。
言動のブレによって支持が大きく落ち込むことは恐らくないだろう(もしそうであれば「10,000%出馬しない」「20,000%有り得ない」と言い切った彼を当選させることなど有り得なかっただろう)。
ここに根深い問題もまた垣間見える。
まず、橋下市長が府政時代に行ったとされる「大阪府の黒字化」であるが、これはあからさまな会計操作によって行われたことは既に検証されており、黒字宣言をした後にこれが発覚すると、彼は臆面もなく「粉飾」と言い放ち、自身の責任ではない、というスタンスを取ることになった。成果が出れば自分のおかげ、それがなければそれは担当者ないし関係者が悪い、この手法は府政時代から一貫しているため、今回の夏においても、恐らく上記の通り、同様の言説が飛び出すことになるだろう。
そして、その府政の結果をもって市長に移り、府政の結果が架空のものであったにも関わらず、現在に至ってもその支持が大きく揺らいでいるとは言い難い。
彼自身が最も誇り、改革の象徴とさえ言えるその結果があからさまな「偽り」であったにも関わらず、である(最も、基金からの借入とその借入を返済しないことによる黒字化は、橋下市長が府知事になるかどうかに関わらず、それだけであれば達成されていただろう、という分析も成されている)。
彼の改革者のイメージは多分にメディアの影響が強いものではあるが、自身がそう強く印象づけるようアピールしていることもまた事実ではある。
その際、最も重要なことは「手ひどい失点を出さない」ことであり、また些細なこと、架空のものであっても成果は強くアピールする、ということでもある。
彼の言説は、長期で追いかけてみればブレているか、場合によっては180度正反対のことを言っていることさえあるわけだが、少なくともこの原則には忠実である。
いわゆるポピュリストとは、いささか異なる点もあるのはここの辺りであろう。
彼は「府民」「市民」「国民」といろいろな言葉を使うが、必ずしもそれに阿っているわけでもない。
むしろ、彼の言動にその都度、支持し得るような「府民」「市民」「国民」を幻想的に見せている、という方が正しいかもしれない。
彼にとって個別の政策はさして大きな意味を持たないのはこの辺りにあり、だからこそ言動がブレようが180度反転しようが、それが大きな失点にはならず、むしろメディアの即時性をのみ求める報道姿勢を増幅装置として、彼のイメージはより一層「改革者」としての印象を強めていくことになる。
例えば上記のこの夏の電力供給に関しては、彼はどう転んでも自身の「直近の」言動ではうまくフォローされているため、引き続き脱原発派の支持も一定程度は得られるだろうし、仮に再稼働すれば、場合によってはそちらの方面の支持を取り付けることさえできるかもしれない。最悪でも再稼働しながら反対スタンスを取り続けることで脱原発派の支持はある程度引きとめられるだろう。
同様のことは日の丸・君が代の斉唱を巡る対応や、職員の喫煙や刺青の問題など、どちらかといえば全体の問題から見れば瑣末で、且つ目に見えてアピールしやすい問題に関しては積極的である。これは、それらを支持する比較的相対少数の支持を、その一点の問題だけで取り付けることができる点で、彼にとっては非常に都合が良い。
しかし、彼が最初に教育改革、教育非常事態宣言を出した時、「PTAを解体する」「府教育委員会も指導を聞かなければ解体する」と言い放ったわけだが、PTAについては有耶無耶なままであり、教育委員会に至っては、彼らに「日の丸・君が代」対応を行わせることで得点を上げさせ、あまつさえその斉唱の業務命令は「教育委員会」が行っているのだから自身は関係ない、といった風の言動さえしている。
恐らく、彼はこの業務命令遂行をもって、そもそもの教育非常事態宣言の発端となった、全国学力テストの低迷など、その原因とさえ指摘した教育委員会については今後触れない可能性もある(ただし同テストは意味がない、とは言うかもしれないが)。
派手に敵を作り、相手を脅した上で、相手が飲める問題を与え、それをもって最初の論点のスタートは有耶無耶になる、というのは非常に巧妙で、少なくとも大阪で橋下市長を支持する人の一定数は、当初の学力低迷に対する教員側への態度「ではなく」、国歌・国旗の問題によってその教育への姿勢を支持している。彼の教育という問題へのスタンスはこの程度であり、本来はより問題となるべき学力の問題などはどこかへ飛んでしまっている。
恐らく公務員に対する姿勢も同様の展開を見せるだろう。当初大阪で橋下市長が支持された理由の一つは、財政に加えて公務員の怠惰・怠慢だったはずだ(少なくともこういう話で支持をしている、という市民の声は何人かから聞いたことがある)。
しかし、現在それに対して耳目を集めているのは喫煙や刺青の問題であり、それは本来的にはその職員がいかに市民サービスをその職務に沿って行っているか、という点とはあまり大きな結節点を持たない。
刺青のある職員は報道によれば100人程度はいるとされているようだが、そもそも大阪市の市職員は2011年4月現在で約38,000人である(予め断っておくが、これでも05年の48,000人弱から10,000人程度削減されている)。
たかだか100人程度を分限免職したところで、当初批難を浴びせた「働かない職員」という存在が仮にあるとしても、そのごくごく一部であり、分かり易いスケープゴートであるとは言える。
「民間では許されない」と言う言い方もされているが、この「民間では許されない」も都合の良い方便でしかないだろう。
しかし、この「目に見える(まさに刺青は場所によっては目に見えるわけで)」生贄を切ることで、彼は公務員の「非常識」を改革した改革者として、また一歩そのイメージを強めるのであろう。
そこには「別に免職する必要もないし理由もないし、本質的問題とは関係ない」から放置されていた、ということは、この際はどうでもいい話になっているのである。

彼はファシズムを捩って「ハシズム」などと呼ばれることがあるが、これは当たってもいるが外れてもいるだろう。
少なくとも、彼が何らかの思想や哲学に類する何物かをもって政治に当たっている「わけではない」という点で、ファシズム(この場合はナチズム、だろうか)とは異なるとは言える(そうであれば主要命題に掲げた問題をこうも簡単に転換したり有耶無耶にしたりはできないはずだ)。
一方で、その手法に限ってみれば、ナチスが行った手法と近いものがある。
それが上記に示した一連の事例であり手法だ。
ナチスが経済低迷やそもそもの第一次大戦の敗戦理由の要因として、ユダヤ人の存在を論ったことは周知の事実だが、そのユダヤ人(ユダヤ系ドイツ人)と呼ばれる存在は、人口の僅か1%に過ぎなかった。
その1%に対して、問題の責任を被せ、目に見えるようその存在を可視化し、抹殺した、という点において、例えば100人の刺青職員の分限免職の問題などは丁度当てはまるとは言えるだろう。もっとも職場から放逐はするかもしれないが、さすがに抹殺はしないだろう、という点は異なるわけだが。
「虚構のナチズム」によれば、反ファシズム教育の一環としてヒルデ・シュラムが、1930年代のユダヤ人のドイツ国内人口がどの程度の比率だったか、を生徒にアンケートしたところ、多くの生徒が約3割という解答をした、というレポートを書いている。(同書P.28参照)
生徒は当然、ドイツでは当たり前ではあることだが、このアンケートの前にも様々なホロコーストに関する情報を得ているにも関わらず、である。
この書籍にはそうとは書かれていないが、これは逆説的に言えば「それだけ脅威とされたのだから、それなりの数がいるはずだ」という印象を持っていることを示していると言えるだろう。この不確かな先入観は在日排斥問題などにも見られる傾向であるが、もう一回転させてみると、「問題の象徴」として提示されるそれを、いかにも人間は過大に見がちだ、ということでもあるだろう。
この先入観のバイアスは数量的問題に限ったことではないと考えられるし、だからこそ「最初に大きな問題を提示」して、その後に問題の本質とはあまり関係のない要素を、あたかも象徴的に過大に見せる橋下市長自身の手法を、それを支持する受け手の側が、「それで問題が一歩解決に進む」と「過大」に評価する傾向と、無関係とは思えない。
橋下市長の言動は、この点で「些細な問題をあたかも大きな問題の象徴のように持ち出す」という手法と、「自身は決して失点を行わず、可能であれば相手が必ず失点するように仕向ける」という点で、確かに喧嘩は強い、とは言えるだろうが、少なくとも大阪においてこの手法によってもたらされる「結果」を市民が(または府民が)支持する間においては、原発に関する言動の変遷は、決して失点とはならないだろうし、また彼の支持を大きく落とすことはないように思える。
そして、それだからこそより深刻に考えなければならないのは、以下の点であろう。

「ドイツ人」であることの誇り、社会的な連帯感、等々を、単なる精神主義のスローガンにするのではなく、実生活の手応えに根ざした理念として、まさしく実感として人びとにいだかせたことこそが、ナチズムの本質的な魅力だった。(同書P.14)

と書かれている通り、ナチズムも、そのイデオロギーの少なくない部分は、必ずしも教条的ではなく、妥協的またはそれに反するものさえ黙認してさえも、その権力維持と支持獲得に腐心していたわけだが、ここに書かれているのは、そのスローガン的代物への支持が、初期の生活安定と経済成長に支えられたものであったことを受けての記述である(ナチス時代のプラス評価での回顧がしばしば戦争の惨禍を上回る印象として、生活安定と経済成長故に「あの時代は良かった」と回想される傾向があることを受けての記述)。
しかし、橋下市長には、生活の安定や経済成長といった果実を、その支持基盤に成り得る層に与えることは、恐らくできないだろう。その意味ではこのナチズムの魅力というものが橋下市長には決定的に欠けているものでもあり、恐らくは現状では手に入らないファクターなわけだが、これを「実感」という部分に絞って考えると、また様相は変わってくる。
例えば、彼がこの夏に電力供給がどのような結末に陥ろうが、「節電に”協力”した」という「実感」は残るだろう。また協力した、という実感を通じた”連帯感”さえ醸成される可能性がある(昨年のヤシマ作戦トレンドを想起されたい)。
問題解決が行われたか、実際にそれがプラスだったのか、という「実態」ではなく、自身が望むことに関する「実感」が支持の源泉であると仮定するならば、確かに愛国者的なそれには「斉唱を行わせる」という「目に見えて達成感が得られる」点で、また怠惰な職員に対するそれとしては同じく「業務命令に従わない教員の排除」や「喫煙職員、刺青職員の排除」という「目に見えて達成感が得られる」点で、些細ではあるかもしれないが、その支持者の支持理由に対しては「実感」も得られるだろう。
ナチスの政策・イデオロギーがしばしば支離滅裂だったにも関わらず、この「実感」があったことが大きな理由であったと仮定するならば、少なくともその点で橋下市長は「実態は別」としても、目に見える「実感」だけは与えていることにはなる。国旗・国歌の問題や公務員勤態の問題は、これは実生活の手応えとは到底結びつかない問題であるが故に、実際のところそれほど大きな支持拡大にはつながらないだろう、とも考えていたのだが、この夏の電力供給に絡むそれは、「節電がんばった」という「実感」を「実生活の手応え」として得られる可能性があり、それを仮に橋下市長が自身の成果として主張し始めた場合、いささか国政レベルでの危険を増す可能性が強まるのではないか、と感じている。
冒頭の電力供給に関する発言の変遷や、その次に書いた財政再建や教育に関する態度・問題点の変遷など、その変遷の過程をいくら提示しても、恐らく彼とその支持者には大きな意味は持たないだろう。彼らにとって必要なのは、「結果」であり、その結果は実態とは本質とは無関係なところでの「実感」である可能性は、現段階では決して否定できるものではない。
だからこそ橋下市長は引き続きある程度の支持は得るだろうし、恐らくはこの夏に関西の電力供給で何が起きようが、それは大きくは変わらないだろう。
むしろその事態を逆手に、その支持を高める可能性さえある。
少なくとも今回の「電力や、需給関係がどういうものか、僕らの世代が身に染みて感じ、新しい電力供給態勢を考える上でも必要だ」という発言には、それだけの要素を十分に担保している。
橋下市長は、民主党とは異なり、発言の変遷や方針転換に当たって、それだけ周到でもあり、また意図的に行っている、と考え、警戒しておく方が良いだろう。
特に彼を支持する人にとっては、彼の行動、言動が「当初の支持」と合致するものなのか、また彼が誇る成果が果たして「もともと必要として求めたそれなのか」という点について十分過ぎるほどに警戒し、慎重であった方が良いだろう。
そして、もし彼が国政で、首班にでもなることになれば、その時は「エゲツない、またそのエゲツなさと支離滅裂さを巧妙に隠す民主党」のような存在になりかねない、という点もまた、十分に留意しておいた方がいいように思える。
少なくとも今までの経緯から考えて、関西でいかなる事態が生起したとしてもそれが橋下市長の支持を大きく落とすことにはならないように思えるので、そこのところをこの夏に期待するのは、電力供給の如何に関わらず、失望するだけだろう。

※蛇足だが、橋下市長は09年選挙時には民主党支持傾向にあった、という点も頭に入れておいた方がいいだろう。今の叩きっぷりとはこれまた180度異なるのだから。
※自分個人としては彼の政策・言動に対して「ハシズム」という用語を充てることを適当とは考えない。そのような「思想的雰囲気」を与えることは、彼を過大に見せることに加担するように思える。
※それでも市民や府民、国民が彼を選ぶのであれば、それもまた一つの選択ではある。

2011年まとめ

2011年まとめ
1月
チュニジア・ジャスミン革命/エジプト反体制デモ拡大/イエメン反政府デモ/ヨルダン反政府デモ/アメリカ民主党下院議員への銃撃事件/インド大寒波/オーストラリア大洪水/スリランカ大洪水/韓国口蹄疫発生/世界華人保釣連盟結成/和田勉死去
2月
ムバーラク大統領辞任/ニュージーランド大地震発生/タイ・カンボジア国境紛争/永田洋子死去/ゲイリー・ムーア死去/
3月
東日本大震災発生/国連決議でリビアへの軍事介入容認/エリザベス・テイラー死去
4月
福島第一原発国際評価引き上げ/カストロ前議長共産党第一書記を退任/南北戦争150周年/出崎統死去
5月
ウサーマ・ビンラーディン暗殺/団鬼六死去/中村光毅死去/長門裕之死去
6月
チリ火山噴火/FIFA女子ワールドカップ/川上とも子死去
7月
南スーダン分離独立/ノルウェーオスロテロ事件/スペースシャトル全機退役/小松左京死去/オットー・フォン・ハプスブルク死去/原田芳雄死去
8月
9月
ウォール街占拠デモ
10月
タイ大水害発生/トルコ大地震発生/カダフィ大佐死亡
11月
ギリシャ、パパンドレウ内閣信認/ベルルスコーニ首相辞任/APEC、ASEAN首脳会議/立川談志死去
12月
金正日総書記死去/ロシア下院選/荒木伸吾死去/冬柴鐵三死去/柳宗理死去

2011年こんな本読んだ(今年の10冊)
今年発売の、ではなく再読含めて今年読んだ中でのお勧め本。


「秘録 東京裁判」清瀬一郎著
改めて戦争を考える際、極東軍事裁判とは何だったのか、の補助線になる一冊。

右に傾くとはどういうことか (1984年)
「右に傾くとはどういうことか」須藤久著
左翼からの転向右翼である同氏の著作。左翼運動の問題点や、同氏が「右翼とは文字を手にすることが出来なかった被差別人民の前衛なのである」と宣言する経緯の一つでもある部落問題なども、現場に身を投じたからこその言葉で描かれている。

「新左翼運動の論点」戦旗社 高山亨著
Amazon取扱なし。1989年の書であるが、前掲書を読んだ後に読むと非常に味わい深い。ある意味では「何故国民的動員ができないのか」という点を如実に表しているとも言えるので、一読の価値あり。

ネオナチ―若き極右リーダーの告白
「ネオナチ 若き極右リーダーの告白」インゴ・エッセルバッハ著、野村志乃婦訳
ネオナチで一員として積極的役割を果たし、またそこから決別を果たした同氏の著。「より正しき世界をめざして闘う理想主義者」であると自認し、「不当で圧倒的な国家暴力の犠牲者」であると思い込み、憎悪と暴力に浸かった同氏が「外国人やパンクスにふるわれる暴力は不当だ」と考え、ネオナチとの決別を果たす。ネオナチ入りから決別までの行動・心情を自らの体験で描いた貴重な書。


「理想郷としての第三帝国」ヨースト・ヘルマント著、識名章喜訳
ドイツ統一期からビスマルク時代を経て第三帝国に至るまでの、未来小説・ユートピア小説などの娯楽小説200点余りから分析されたナチズムが提示したユートピアとは何か(またナチズムがユートピアを必ずしも全面的には容認せず、時に抑圧したそれは何か)を示した書。「現実の社会的な不都合を隠蔽するために「国民国家のアイデンティティ」への渇望を利用したがる政治家に、つけいる隙を与えかねないだろう」という現状分析(ドイツの、だが)を本邦に照らした時、本書の持つ意味合いはグッと重くなるように思える。


「韓国併合」100年を問う 『思想』特集・関係資料 趙景達・李成市・宮嶋博史・和田春樹編
日韓併合100年となった2010年の国際シンポジウム関連で、主に思想関連をまとめたもの。半島そのものだけでなく、関東大震災における、いわゆる「朝鮮人暴動」という誤認・拡散の発生経緯などもまとめられている。史学的側面が中心ではあるが、政治的評価の側面も持つため、読解には十分な留意が必要なものではあるが、実態を資料を基に紐解いているものも多く、参照に値する一冊。


「植民地期朝鮮の歴史教育」国分麻里著
併合時代を中心に、半島における「歴史教育」がどのような実態であったのかをまとめた書。当時の実態を知る上での貴重な書であるだけでなく、現在において「歴史教育はどうあるべきか」を考える上で、非常に参考になる一冊。


「選挙演説の言語学」東照二著
海外の名演説の解説が多い中で、本書は2009年のいわゆる「政権交代選挙」を中心に、誰が何をどのように語ったのか、それはどのような意味を持っていたのか、を「言語学」の分野で分析した書。リポート・トークとラポート・トークの違いを知る上でも読み易い一冊。当然鳩山氏が当時何を語ったか、も収められている。


「原発と原爆 「核」の戦後精神史」川村湊著
広島・長崎への原爆投下から現代に至るまで、様々な作品を引き合いに、その時代に「核」がどう捉えられてきたか、を明らかにした書。ゴジラ、鉄腕アトムから吉本隆明、広瀬隆、さらに風の谷のナウシカからAKIRAまで、引き合いに出される作品・著名人は多いが、簡潔にまとめられている。主に反、または脱原発を標榜する人にこそ読んで欲しい一冊。


「夜の鼓動にふれる 戦争論講義」西谷修著
戦争とは何であるのか、を哲学的考察を中心にまとめたもの。核兵器やアウシュビッツも考察の対象であり、これも今だからこそ再読をお勧めしたい一冊。自分は主として特攻隊論考を書く際に傍照したが、戦争における「死」という点で、靖国神社とは何か、を考える際にも参考になると思われる。

というわけで、2011年のまとめ、でした。
良いお年を。